ドライマウス(口腔乾燥症)は唾液の分泌量低下や質が変化することにより口の中が乾燥状態になる症状をいいます。現在ドライマウス人口は800万人と推定されています。よく見られる症状として、口の渇き、舌の痛み、食べ物がうまく飲み込めない嚥下障害、発音障害、味覚障害、口臭、歯周病や虫歯の悪化、などがあります。乾燥が長引くと体調不良や精神的苦痛などにより日常生活が困難になります。
1.最も多い症状・口の渇きについて
ドライマウスで最も多く見られる症状が、口が渇く、唾液が出ない、などの口腔の乾燥です。唾液が出なくなる、出にくくなると食事のときに食べ物がうまく飲み込めないことや、唾液がネバネバして会話がうまくくできなくなります。原因には食生活の変化、精神的ストレス、薬物の常用、年齢、口呼吸、放射線、糖尿病、シェーグレン症候群など様々なことが解っています。
・食生活の変化による影響
唾液腺の発育は約15歳で止まります。成長させる因子は主に食事による咀嚼筋の刺激です。唾液は食事と咀嚼筋を動かす刺激にによって分泌されますが、現代の食生活では唾液を十分に出さなくても飲み込めるようなファーストフードや食事が主流になっています。噛まない食事により咀嚼筋からの刺激が低下します。唾液の分泌が従来よりも少なくなるほか、唾液腺の発達にも大きく影響を与えていると考えられています。唾液腺が完全に発達できないと唾液量が減少し、口の中の潤いが足りず、口が渇く、舌がひび割れて痛い、などの症状が現れます。また、年齢と共に身体機能が衰え唾液量も減少するため、若年層からの食生活には十分注意をする必要があります。
・精神的ストレス、緊張
唾液腺は自律神経といわれる交感神経と副交感神経の二重支配を受けバランスをとっています。交感神経は唾液を抑制する働きがあり、副交感神経は唾液を分泌させる働きがあります。食事の際には口腔内からの刺激が副交感神経へ伝達され、唾液を分泌させるよう脳に司令を送ります。現代社会では受験戦争や対人関係など多くのストレスが存在しており、うまくバランスがとれない状況が発生します。外部からストレスや緊張が続く状況では、交感神経が刺激され優位となり、唾液の分泌を抑制するように働きます。他人の前でスピーチをすると口の中がカラカラに渇くのはそのためです。緊張状態が長くなるに連れ唾液も出にくくなります。
・薬物の副作用
多くの薬物の副作用として唾液分泌の低下や利尿作用があります。ドライマウスを引き起こす薬剤として、抗鬱剤(抗うつ剤)、鎮痛剤、利尿剤、抗パーキンソン剤、降圧剤、気管支拡張剤などがあり、抗鬱剤や抗不安剤などは神経の受容体に働き、唾液量を低下させる作用があります。降圧剤や利尿剤などは体内の水分を減少させる働きがあり、結果として唾液の分泌を抑制することになります。常用する薬剤の量は高齢者になるほど多くなる傾向にあります。たとえ唾液腺の機能が正常に働くことが出来ても常用する薬剤の量が多くなるに連れ唾液分泌量が減少することになります。
・年齢によるもの
年齢とともに口や顎の筋力低下や萎縮がおこります。人間の筋力は個人差がありますが、約30才でピークを迎え、45才位までは緩やかに低下します。その後徐々に加速し、60才前後になると急速な筋力低下が始まります。筋力の低下と共に唾液腺には刺激が伝わらず、唾液の分泌量は低下する傾向にあります。食事の時には変化が無くても、粘膜に存在する小唾液腺からの分泌は口輪筋の萎縮により減少し始めます。唾液全体の分泌量は70歳以上で男性16%、女性25%の量的低下。80才では老人性萎縮により男女25%以上の低下。また、高齢での口腔の乾燥は義歯の安定にも影響を与えます。義歯が不安定になると接触している粘膜に傷がつき、舌痛症の症状が現れ、摂食障害や日常生活の活力が失われることもあります。
・口で呼吸する(口呼吸)
口呼吸をする原因としては鼻炎などの鼻疾患や癖などがあります。口で呼吸をすれば唾液は体温や気化の影響で蒸発し口が渇く原因となります。また、鼻には吸気に含まれる埃などを取り除くほか、鼻の奥にある鼻粘膜で病原生微生物などを浄化し、また乾いた空気、冷たい空気が直接肺に入らないよう加湿や加温の働きがあります。口からの呼吸では空気中に存在する様々な細菌やウィルス、ハウスダストや花粉、大気汚染物質といった有害物質を直接肺取り込んでしまい身体に悪影響がでることがあります。鼻疾患の治療や口で呼吸する癖があれば注意をする必要があります。
・放射線治療による影響
放射線は主に癌の進行を抑制するために、口腔や顔面領域、咽頭部領域の癌やその周囲の組織にしばしば照射されることがあります。これを放射線治療と呼んでいますが、照射線量によっては照射された癌組織やそれ以外の周囲組織にも大きな影響を与えます。唾液腺への照射によって組織が破壊され、放射線治療の初期から唾液分泌量が低下するドライマウスの症状が現れることもあります。
・糖尿病
口腔乾燥を主訴とする病的因子の代表として糖尿病とシェーグレン症候群があります。糖尿病は健常者より高濃度の糖が尿中に排泄される疾患で、1型と2型に分類されています。1型糖尿病は10〜20代の比較的若い世代に発症します。2型糖尿病は40歳以降の中高年齢層に発症し、肥満傾向があるほか、家族や血縁者が罹患している割合が比較的高く国内の糖尿病の大部分はこれにあたります。口の渇きを訴えることが多く、ドライマウスの中でも病的因子が原因である一つとされています。口が渇く仕組みとして、高濃度の糖と浸透圧の関係があります。高濃度の糖が尿管を通過すると、浸透圧により通常より多くの水分を尿管へと移動させます。結果として多量の尿が排泄され、脱水症状がおこり口腔の乾燥も同時に発症し、ドライマウスの症状となって現れます。また、糖尿病は全身的に感染症になりやすく、口腔内ではドライマウスにより唾液の機能が十分に働かないため細菌が繁殖し、口臭、虫歯、歯周病が悪化する傾向にあります。
・シェーグレン症候群
シェーグレン症候群は原因不明の「眼が乾く」「口が渇く」などの主症状が見られる自己免疫疾患です。100年ほど前から報告されていましたが、1933年にスウェーデンの眼科医ヘンリック・シェーグレンの発表した論文により名前がつけられました。日本では1977年の厚生省研究班と自己免疫疾患研究班の研究によって疫学調査が行われました。その結果、40〜60歳代の女性に好発し、男女比は1:13.7と女性に圧倒的に多く発症することが解りましました。1996年の報告によれば総患者数は42.000人とされましたが、潜在的には10万〜30万人は存在するとの報告もされています。2000年の調査では関節リウマチの19.4%はこの疾患に罹患していると報告されています。唾液腺が自身のリンパ球の標的となり破壊され繊維化し唾液を作り出せなくなります。患者全体の約半数の人がひどい乾燥症状に悩まされ、眼や口の他、気管、気管支、消化管、膣粘膜、など全身の分泌腺障害がおこることから難治性の全身性自己免疫疾患であることも知られています。
2.その他の症状・虫歯・歯周病・口臭・舌痛症について
・虫歯・歯周病・口臭
口腔内には1グラム中に10の11乗程度の細菌が存在しいます。中には病原細菌も無数に含まれています。容易に侵入されては生体にダメージが生じますが、唾液には抗菌作用を持つ物質、ラクトフェリン、リゾチームなどにより細菌の増加を抑えることが出来ます。唾液量の不足により殺菌作用が低下すると、抑えられていた細菌が活発に繁殖し始めます。細菌が増加すると、活動によって発生する酸(乳酸)や毒素(エンドトキシン)も増加します。酸は歯の表面のエナメル質を溶解し虫歯となり、毒素は歯肉(歯周組織)に炎症をもたらし歯周病へと移行します。とくに、大きくなった虫歯の穴、歯間や歯の周囲には食物残差が付着しやすくなり細菌が繁殖し、ついた歯垢や歯石により症状はさらに悪化します。
細菌が発生させる代謝産物は毒素ばかりでなく臭い物質も発生させます。その成分はメチルメルカプタンや硫化水素で、硫黄のような独特の強い悪臭を発生します。これらは悪臭防止法で「特定悪臭物質」と定められるほどで、この臭いが呼気と共に口腔外に出されると強い口臭となり他人に不快感を与えます。このように唾液分泌量が減少すると虫歯や歯周病になる他、代謝産物により強い口臭となって現れます。注:起床時や空腹時に臭いが出ることを「生理的口臭」といいます。睡眠中や空腹時は唾液量が減少し細菌が増加していることにより臭いますが、これは誰もがなる現象で問題ではありません。
・舌痛症
舌痛症とは舌に痛みを伴う症状のことです。女性に多く現れ、舌の先端や側面にヒリヒリしたり焼けるような痛みや違和感が生じます。これまでは精神的なもので心因性のものが占めていると考えられていましたが、最近の研究ではドライマウスの因子も多く含んでいると考えられています。ドライマウスでは唾液分泌量の低下により口の中が乾燥します。口の中の乾燥は症状の進行度合いにより舌にも悪影響を及ぼし、舌の乾燥、ひび割れ、味覚障害など様々な症状となって現れます。これまでの診断では舌の痛みに対する不安を取り除くためにメンタルな心理面の治療として精神安定剤、抗鬱剤(抗うつ剤)、向精神薬などが処方されるケースが一般的でした。精神面での不安を和らげる効果はありますが、かえって症状が進行するケースもあります。精神安定剤、抗鬱剤(抗うつ剤)などには唾液腺を支配している神経に作用し唾液分泌量を低下させる作用が知られています。よってドライマウスの症状が現れることもあり注意が必要です。
3.日常のドライマウス対策
・食生活の改善
現代の食生活はファーストフードや噛まなくても飲み込める食事が多く、いわゆる「早食い」になっています。噛まないことで筋肉が衰え唾液の量も減少します。普段の食生活をファーストフードからよく噛み咀嚼するスローフードへと見直しましょう。また、唾液腺の発育は約15歳がピークになるため、発育途中の子供には十分注意をする必要があります。唾液腺が発達しなければ将来身体機能が低下するにつれ虫歯や歯周病の増加や口腔内の乾燥状態が進行し日常生活が困難になることが予想されます。
・ストレスの除去
現代社会は多くのストレスが存在します。ストレスがかかると交感神経と副交感神経のバランスが崩れ唾液が出にくくなります。仕事や勉強の合間に体を動かすなどの気分転換や、あまり緊張しないようゆとりある生活を自ら心がける必要があります。また、夜間の十分な睡眠と昼食後に30分程度の昼寝をとることも自律神経のバランスを整えるのに高い効果があります。
・常用薬剤の中止
日本では年齢が上がるに連れ常用する薬剤も増加するのが現状です。薬剤の量が増えると唾液分泌量や身体の水分量が減少し、口腔内が乾燥するドライマウスの症状が現れます。常用している薬剤について担当医と相談し、減らせる薬剤は減らしましょう。
・ガム、保湿剤、唾液腺マッサージ
唾液が出にくくなっているときには食間にシュガーレスガムを噛み唾液を分泌させましょう。ガムを噛むことにより、筋肉が刺激をうけ唾液が分泌されます。乾燥が著しいときには水分を十分補給し、症状により保湿効果の高いヒアルロン酸配合保湿剤や洗口剤を用いるようにしましょう。また、顎の下の唾液腺を軽いタッチでマッサージする「唾液腺マッサージ」も高い効果があります。マッサージにより唾液の分泌が促進され乾燥状態を緩和することができます。