乳歯と永久歯


乳歯とは

乳歯は子供の頃、乳幼児期から学童期までの間に存在する歯のことで、永久歯が生え揃う12才前後までを乳歯とともに過ごすことになります。この時期は身体の発育が不完全で成長の途上ですが、最も代謝が活発で成長著しい時期でもあります。この時期の生活環境の変化は、後の永久歯や顎の発育に様々な影響を及ぼすため注意が必要です。

子供の顎や顔面は成長段階にあり年齢とともに成長してゆきますが、成人に比べるととても小さく、とくに目から下は成人の半分程度です。このため、子供に生える乳歯は小さな顎に適した永久歯よりも一回り小さい構造となります。歯の数も少なく、成人は親知らずも合わせると32本もありますが乳歯は上下で20本です。また、歯の厚さも(エナメル質、象牙質)永久歯に比べ小さくしかも薄いため、虫歯になれば容易に歯の内部の神経まで到達し感染や組織が損傷してしまいます。


乳歯列期と永久歯列期

乳歯は前歯の「A」から奥歯の「E」まで5種類があり、それぞれ上下左右合わせて20本生えます。永久歯は前歯「1」から奥歯「8」まで8種類があり、それぞれ上下左右32本生えます。乳歯が生え始める時期は生後6カ月ごろからです。最初に生えるのは下の前歯「A」で、年齢とともに奥に進み約2歳で奥歯の「E」までの全ての乳歯が生え揃います。永久歯は約6歳ごろから「E」の後ろに第一大臼歯「6」(6歳臼歯)が生え始めます。この時期から乳歯、永久歯が混在する混合歯列期が始まります。

混合歯列期になると乳歯との入れ替えを繰り返します。約12歳で乳歯が全て入れ替わり、永久歯の前歯「1」から奥歯の「6」までが生え揃います。この時期は乳歯列期が終わる時期でもあり、永久歯列期が始まる時期でもあります。その後は顎の成長が進むにつれ、約14歳で第二大臼歯「7」が生え始め、最後に一般に「親知らず」といわれる第三代臼歯「8」が約18歳から40歳前後と非常にゆっくりとした間隔で生え始めます。時折60歳を過ぎても生えることもありますが、顎が小さい若い世代ほど生え難く、生えても激痛を伴うことや横向きになる傾向にあります。


乳歯の役目

乳歯は単に永久歯が生えてくるまでの役目だと思われがちですが、乳歯には咀嚼の訓練や永久歯の生えるスペースの確保などの重要な役目があります。乳幼児期は何にでも興味を示し口の中に入れて感触を確かているのを目にします。乳歯で食べ物を噛むことにより食の感覚を覚えるという要素もあり、これらの感覚は大脳を刺激し本能として無意識に学習しています。初めから永久歯が生えてしまっては感覚を覚えるまえに破損することも考えられるでしょう。このため生態では乳歯で感覚を覚えるように出来ていると考えられます。


最も重要な役目は永久歯が生えるスペースの確保です。顎の発育とともに乳歯は生えそろいます。さらに成長するにつれ生体はより多くの栄養を消費します。栄養は食べ物として口の中から取り入れられますが、乳歯の機能ではより多くの食物を噛み砕き消化することは出来ません。このため、乳歯よりも大きな歯である永久歯が必要となります。永久歯は乳歯の下の顎の中で育ち、6歳前後になると6歳臼歯といわれる第一大臼歯や前歯から徐々に入れ替えを繰り返しながら生え始めます。乳歯があることで永久歯を外部からの刺激を防ぎ、永久歯が適切な位置へと生えるスペースを確保することが出来ます。虫歯などで失ったまま放置するとスペースが確保されず適切な位置に生えないこともあります。乳歯と永久歯の交代がスムーズに行われるには、乳歯が虫歯にならず歯根が永久歯の萌出に伴い吸収され適切な時期に抜けて永久歯が生えてくることが大切です。


乳歯の虫歯

乳歯は生え替わることを前提とした構造をしています。
12才前後で全てが生え替わるため、生態としてはそれほど強固に作る必要がありません。エナメル質や象牙質の厚みは永久歯の半分程度で、組織構造も永久歯のように密ではなく粗雑な構造で耐酸性にも劣ります。口の中には口腔常在菌とよばれる多くの種類の細菌が住み着いています。中でも歯の表面に住み着くS・ミュータンスといわれる細菌は虫歯の原因菌として知られています。S・ミュータンスは主に食べ残しに含まれる糖分を栄養源に増殖を繰り返しています。この菌が活動すると代謝の過程で発生させる「乳酸」によりエナメル質表面が溶解され、初期虫歯から神経(歯髄組織)まで到達する虫歯になります。

成人でも永久歯が虫歯になりますが、乳歯では構造上永久歯よりも耐酸性に劣るため手入れを怠ると容易に虫歯になり悪化します。悪化する原因には知覚の鈍さもあります。歯の中には一般的に神経と呼ばれている歯髄組織が存在しています。歯髄組織は主に血管、リンパ管、神経線維などから構成され、絶えず栄養を送るほか、外部からの刺激を感知することができます。刺激を感知する神経線維の割合は永久歯で多く存在し虫歯が進行すると非常に痛いですが、乳歯には少なく虫歯になってもあまり痛みを感じることはありません。痛くないと申告しないため、虫歯に気付かず放置すると急速に進行し悪化することもあります。進行した虫歯は後続の永久歯に様々な悪影響を与えます。乳歯が虫歯になると歯質構造が脆弱であるため内部まで容易に進行します。その後神経まで進行した虫歯は根元まで到達し嚢胞という膿の袋を作ります。この嚢胞内の膿の圧力が上昇すると、歯茎が膨らんでぷっくりとした状態になります。乳歯の真下にはこれから生える発育途中の永久歯ありますが、放置すると発育途中の永久歯の形成不全をおこし、エナメル質や歯の形の異常となって現れます。

また、進行した虫歯を放置し続けると歯が崩壊や、歯を失ってしまうこともあります。やがて歯並びの乱れが生じ、永久歯の生えるスペースがなくなり、順番が乱れるなどの位置の異常が起こります。さらに歯が機能しないと食事がかみ難くなるため、噛み合わせや悪い噛み癖がつき、将来顎の発育不全や顎関節症などへ移行することもあり注意が必要です。

その他、虫歯が悪化し重症化する原因にはスナックやインスタント食品などを頻繁に摂取する子供におみられます。これらの食品は歯に付着しやすく取れにくいため、ブラッシングを怠ると口の中に長時間留まります。虫歯の原因菌はこれらを栄養源と増殖を繰り返し、発生した酸によりエナメル質の薄い乳歯では虫歯が進行しやがて悪化します。


乳歯列期と顎の発育

子供の顎、とくに乳歯列期は発育途中にあり、顎の成長が終わる約18歳までは日々成長し続けています。しかし、現代では顎の発育が不完全になりやすく、歯が所定の位置に生えることが出来ず歯並びが乱れる傾向にあります。歯並びや顎の発育に最も大きく作用する因子として食生活の変化があります。顎を成長させるには筋肉の活動が欠かせません。噛むための筋肉である咀嚼筋による運動刺激が必要で、筋肉を使うことにより骨密度が上昇し骨が大きく成長します。現代の食生活は噛まなくても飲み込める菓子類、レトルト食品、ファーストフードなどが多く取り入れられています。噛まなくても飲み込める食事では顎は十分成長する必要がなく、小さな顎になります。小さな顎には乳歯は生え揃っても永久歯が生えるスペースがなくなり歯並び、噛みあわせは乱れます。乱れた歯並びはブラッシングがし難くなり虫歯や歯周病になります。また、噛み合わせの異常と小さな顎は、顎関節に負担がかかり将来口が開かなくなる顎関節症にもなります。

歯の本数は親知らずも合わせると通常32本が作られます。言い換えると顎は本来32本生え揃うまでは成長することが出来ます。このため咀嚼筋を使い噛み応えのある肉や魚、野菜、果物などの食材を取り入れる必要があります。


今後の予想

現在乳歯の虫歯は予防の取り組みの成果もあり減少傾向にあります。予防に多く用いられているのがフッ素です。歯の表面のエナメル質は無機質のハイドロキシ・アパタイトとよばれる物質が結晶構造を作っています。フッ素を用いることで唾液中のカルシウムと強固に結合し耐酸性があるフルオロ・アパタイトの結晶に変わり、虫歯の原因である乳酸から歯を守ることが出来ます。この方法は生え変わりの時期には特に有効で、予防の盛んな地域では既にフッ素による洗口や食後のブラッシングがおこなわれており、虫歯の減少に繋がっています。

その反面、乳歯列期が終わる12歳以降になると虫歯とは別に、歯並びの乱れや歯周病が増加に転じています。考えられる原因として食生活の変化や運動不足などがありますが、今後もこの傾向が続くと予想されることから、生活習慣全般の見直しなどが課題となるでしょう。